私たちは日々生きていく中で「生きがい」を感じることがある。
それは私たちの心にエネルギーを与えてくれるものだったり、「生きる意味」を与えてくれるものだ。
そういった「生きがい」をどのように私たちは見つけ、手に入れるのだろうか。
生きがいとは?
「生きがい」という言葉は馴染みはあるが、いざ考えると難しいものかもしれない
生きがいという言葉が有名になったのは、精神科医の神谷美恵子の「生きがいについて」が世に出てからとされている。
発売から50年以上たった今でも人々に愛されるベストセラーでもあるので、読んだことがあるという方も多いかもしれない。
この本の中では、生きがいは「人生をいきいきさせるもの」そして、「生きてきた甲斐」をもたらすものと示されている。
また、使命感や大切な存在のために生きるという気持ちからもこの生きがいが生じる。
「このために人生があった」という感覚だ。
生きがいを感じる時、人は人生にエネルギーを感じる。それは前向きに生きる力となり、この生きがいを感じる瞬間には心が満たされた感覚があるだろう。
心を満たすもの
生きがいは心を満たすものから得られる。
その心を満たすものは、人それぞれ様々なものがあるだろう。
好きな人、好きなペット、好きな場所、好きな食べ物、、、
心を満たしてくれるものを挙げると気づくことがある。
それは、決して自分自身がその対象にならないということだ。
自分で自分を満たす。それはとても合理的なことかもしれないが、実際にそのようなことができるのだろうか。
マインドフルネスで心が満たされることがあったとしよう。
自分の身体感覚に意識を向け、満たされる感覚があっても、そこに私へのとらわれが背景にあった場合は、それはマインドフルネスとは言い難い。
なぜならばマインドフルネスは自分をなくしていく実践だからだ。マインドフルネスで満たされた感覚があった場合は、ここをよく精査しなければいけない。
今この瞬間を深く感じられたことで心が満たされたのであれば、そこに私への執着はないことに気づくかもしれない。
それは、私よりも大きなものとの繋がりに気づくということでもある。
そういったことからも、心が満たされた感覚や生きがいは、ほぼ例外なく私以外の存在がもたらしてくれるといえる。
より大きなものと繋がれる強さ
そうして、私たちはより大きな存在と繋がることができる。
それは私たちに安心を与えてくれる体験にもなる。
さらにはそれが人生の指針になることもあるだろう。
自分の利益よりも広い世界の幸福のために行動をし、称賛された偉人の例は枚挙にいとまがない。
発達漸成説で有名はエリクソンも、欲求階層説のマズローも、自分にょりも大きなものを意識する自己超越を最終段階にしていたことで共通している。
セルフケアは一人では完結しない
昨今はストレス対策としてのセルフケアの重要性が世間でも広まっている。
セルフケアと聞いて、どのようなものを想像するだろうか。
自分で様々な癒しの方法を持っている人は多いと思う。
セルフケアは自分自身で行うケアなのだが、そこには他者の存在がある場合もあるかもしれない。
科学的にもセルフケアには他者やペットといった自分以外の存在も重要であることが示されている。
そう、セルフケアも一人で完結するものではないのだ。
生きがいというギフトがくれるのは
生きがいというギフトは自分以外の存在が与えてくれる。
誰もがそうなのだから、それに対して無力感を抱く必要はない。
どんなに生き生きしている人も、始めのエネルギーは外的なものから得られている。
そして、生きがいは人生の指針になり、時に私たちを癒してくれるものになる。
私たちは日々今に開かれて生きていくことが大切になる。
そうすることで、生きがいに繋がる「ギフト」を得ていくことができるのだろう。
![]() |
新品価格 |


