2024年、小中高生の自殺者数は過去最多を記録した(厚生労働省2025)。
全体の自殺者は減少傾向であるものの2万人を上回っている。
日本は先進国の中でもトップクラスの自殺率である。
日本では自殺予防の重要性が叫ばれて久しい。
心の専門家として、自殺という社会問題について基本的な情報を提供することは責務であると考えている。
身近な「死にたい」に向き合うために、必要な知識をぜひ多くの人に身に着けてもらいたい。
「死にたい」にどう向き合うか:TALKの原則
自殺の危険性が高い人に、私たちはどのように対応すればいいのだろうか。
もし親しい人から「死にたい」と言われたら、どのように接すればいいのだろう。
そのヒントとなるのがTALKの原則と呼ばれるものである。
「T」Tell:相手のことをとても心配しているとはっきり言葉に出して伝える。
「A」Ask:自殺の危険性を感じているならば、その点について質問する。真剣な態度で自殺に対して触れる。
「L」Listen:傾聴。自殺が唯一の行動と考えるに至った本人の苦労を聴く。
「K」Keep safe:危険だと感じたら、その人を一人にしない。精神科受診につなげることも一つの手。
自殺をする人は心許せる人に自殺を考えていることや「死にたい」気持ちを打ち明けることが多い。
そのとき、打ち明けられた側はその「死にたい」に真剣に向き合い、その思いに寄り添うことが求められる。
このTALKの原則を念頭に、「死にたい」と真剣に向き合うこと。
それが自殺予防の第一歩となる。
自殺の現状
年間自殺者数1998年から3万人を超えていたが、2004年からは2万人台となっており、減少傾向であった。
コロナ禍の2020年から微増傾向となったものの、2024年は前年から1500人程度減少した(※厚生労働省発表暫定値)。
しかし、10代の若者の自殺は毎年増加傾向にある。
2024年、小中高生の自殺は527人となり過去最多を記録した(厚生労働省2025)。
10歳から39歳までの死因のトップは自殺である(厚生労働省2024)。
身体的な医療は発達し、若くして病で命を落とすことは減っている。
しかし、その流れの中で取り残されたものが心の健康であった。
先進国の中では日本の自殺は最多の水準である。
さらに、自殺未遂者は既遂者の10倍にのぼると推計される。
強い絆のあった人の自殺未遂や既遂により深刻な影響を受ける人は1件当たり最低5人は存在する。
自殺は、自殺者だけの問題ではなく、広く社会を巻き込む深刻な問題である。
はたらくひとの自殺について
自殺の労災認定事例は40~50歳代に多い。9割がうつ病エピソードを持ち、残りも重度ストレス反応、脳梗塞後のうつ状態など、気分感情障害の精神疾患を発症していた。労災認定自殺事案では53%が100時間以上の時間外労働をしていた。
8割以上の事案で職場の人よりも家族が先に自殺の兆候に気が付いていたが、その多くが医療機関を受診することなく自死に至った。
自殺予防について
医学モデルと地域モデルに基づいた自殺予防―フィンランドの取り組み―
かつて自殺の多さが社会問題となっていたフィンランドでは医学モデルと地域モデルという2つの視点からの自殺予防を展開した。
医学モデル
自殺の背景にしばしば存在している精神疾患に気づかず、適切な治療を受けることなく命を絶っている人が多い。
自殺に直結しかねない精神疾患を早期の段階で発見し、適切に治療を導入し自殺を予防することが医療モデルとして紹介されている。
地域モデル
21世紀の現在もこころの病に対しての偏見は強く、何らかの問題を抱えていても他者に助けを求めようとする行動をためらいがちである。健康な人を対象に問題解決能力を高めるような教育を実施していく必要がある。
地域モデルで強調する点
・自殺は単一の原因から生ずることはまれであり、多くの場合様々な要因からなる複雑な現象である
・長い過程を経て自殺に至る準備状態が生じる
・いまだに精神障害や自殺に対する偏見が強く、なかなか助けを求めようとしないが、助けを求めるのは適切な対応である点を強調する。
・精神疾患に対する正しい知識を普及させて偏見をなくす。
・自殺予防は全国民の問題である。
・早期に問題に気付くようにする
・具体的にどこで援助が求められるのかという情報を提供する。
こうした取り組みを通して、1990年において日本よりも高い自殺率であったフィンランドは、自殺率の大幅な減少に成功した。
自殺の兆候・危険因子に気づく
自殺に至ってしまう人は大半がうつをはじめとした精神疾患に罹患している。
自殺予防には精神疾患に対する気づき、特にうつに早期に気づく視点が必要である。
うつ病を疑うサイン-周囲が気づく変化
1.以前と比べて表情が暗く、元気がない
2.体調不良の訴え(身体の痛みや倦怠感)が多くなる
3.仕事や家事の能率が低下、ミスが増える
4.周囲との交流を避けるようになる
5.遅刻、早退、欠勤(欠席)が増加する
6.趣味やスポーツ、外出をしなくなる
7.飲酒量が増える など
うつなどの精神疾患に苦しむ本人は心身のエネルギーが低下しており、適切な自己認識ができないことが多い。
無理をし続け、その結果いきなり倒れてしまうというケースも少なくない。
それを防ぐために、身近にいる人が異変を察知することが大切になってくる。
※引用:厚生労働省 地域におけるうつ対策検討報告書
自殺の危険因子
自殺の危険因子にはどんなものがあるだろうか。
自殺の危険性を評価する指標として代表的なものは2つある。
SAD PERSONSスケール(Pattersonら1983)
Sex(性別:男性の方が女性よりも高リスク)
Age(高齢者と思春期が高リスク)
Depression(抑うつ)
Previous attempt(自殺企図歴)
Ethanol abuse(アルコール乱用)
Rational thinking loss(合理的思考の欠如:幻覚・妄想)
Social support deficit(社会的支援の欠如)
Organized plan(具体的な自殺の計画)
No spouse(配偶者がいない)
Sickness(疾病)
NO HOPEスケール(Shea 2002)
No framework for meaning(意味体系の欠如)
Overt change in clinical condition(不安感の急激な増大や予期せぬ回復などの臨床的条件の明らかな変化)
Hostile interpersonal environment(敵対的な人間関係)
Out of hospital recently(最近退院した)
Predisposing personality factors(素因となるパーソナリティ要因)
Excuse for dying to help others(他者の迷惑とならないための死の選択)
NO HOPEスケールを提唱したSheaはこの項目以外にも、「深刻な自殺未遂の直後であること」、「精神病症状による致死的な自殺の兆候」、「自殺の具体的な計画」の3つを「致死性の三和音として挙げており、いずれか一つでも当てはまる場合は積極的に非自発的入院を検討する必要があるとしている。
一つ一つの因子もそうだが、英語の頭文字が表すように、「悲しい人」「希望の無さ」が自殺の危険性を高める。
これを知っているだけでも、周囲の人の危険な兆候に気づきやすくなる。
自殺の危険性が高い人の心理
自殺の危険が高い人の心理とはどのようなものであるのだろうか。
人はどのようにして自殺へと向かっていくのだろうか。
高橋(2014)は以下のようにまとめている。
1.極度の孤立感
精神疾患の影響のほか、幼少期から長年にわたって抱き続けてきたものである可能性もある。
家族や友人が多数いるからといって孤立感を抱いていないとはいえない。この世の中で自分は一人きりであるという信念を抱いてしまう。
2.無価値観
「私は生きるに値しない」「生きていても仕方がない」「私などいない方がみんなは幸せだ」といった感情。精神疾患の影響のほか、幼少期からの大切な人物からのメッセージとして、長年にわたって抱き続けている可能性もある。虐待経験のあるものは「生きていることが許されない」「生きる意味がない」という感情を抱きやすい。
3.極度の怒り
絶望感とともに極度の怒りを覚えている。社会や他者に向けられる場合もあれば、そのように思っている自分自身に向かう場合もある。
4.窮状が永遠に続くという確信
今、自分が置かれている絶望的な状況に対して何の解決策もないし、どんなに努力をしたところでそれは報われず、この窮状が永遠に続いていくという確信。
5.心理的視野狭窄
自殺の危険が迫っている人の思考法はトンネルの中にいるような感覚である。トンネルの中では周囲は暗闇であり、遠くから光が差し込んでいるが、それが自殺である。そのため、トンネルから出るためには自殺をするしかないという結論に至る。
6.あきらめ
何もかもをやりつくした状態。「嵐の前の静けさ」のような不気味な感覚。この段階では怒りや抑うつ、不安。孤立感も薄れていく。周囲はこれまでの不安、焦燥が薄れて、穏やかになったと誤解しやすい。
7.全能の幻想
自殺の危険性の高い人は、ある時から、唯一、今ここで、自分の力だけでもただちに変えられることがあると考え始める。それが「自殺は自分が今できる唯一の残された行為だ」という全能の幻想に至る。この状態まで至った場合は自殺は直前の問題となっている。ただちに本人を保護する必要がある。
心が自殺に向かう状態とは、苦痛から逃れるために、その唯一の手段として自殺が残された状態である。
そのため、自殺を決断した人を責めてはいけない。
自殺は苦しんだ末に出した決断だ。まずは自殺を選んだこと、それを受け止める。自殺を選ばなければいけないほど追い詰められていた、その現実を受け止める。
そして、様々な可能性を一緒に探っていければベストである。
自殺に至る人は急に自殺をするわけではない。
周囲にはその兆候が表れていることがほとんどだ。その兆候はかすかなものものかもしれないが、その兆候を察知したらそれを逃さず、我々が逃げずに、真剣に向き合うことが求められる。
この記事が、一人でも多くの命を救ってくれることに繋がってくれれば幸いである。
参考文献
勝又陽太郎(2017)自殺をほのめかすクライアントにどう対処するか? 臨床心理学 17(1)52-55
厚生労働省(2025)警察庁の自殺統計に基づく自殺者数の推移等
厚生労働省(2024)令和5年度人口動態統計月報年計(概数)の概況
高橋祥友(2012)世界の自殺対策から見た日本の自殺対策 精神経誌114(5)548-552
高橋祥友(著)石丸昌彦(編)死生学入門 第13章自殺予防(2014)放送大学教育振興会
コメント