安全なマインドフルネスの実践を支えるもの|耐性の窓・ポリヴェーガル理論・発達の最近接領域

マインドフルネス

マインドフルネスの実践を行うと、様々な思考や感情が湧き上がってくる。
中には自身にとっては不快なものもあるだろう。
そうした時に、安全が脅かされる感覚が生じることがある。
極端な心理的な反応が生じた場合は、瞑想は中断すべきだろう。
しかし、マインドフルネス瞑想に伴う不快感と安全な領域について知っておくことで、不快感を克服することにも繋がるかもしれない。
ここでは、安全なマインドフルネスの実践に役立つ「耐性の窓」の考え方を紹介しようと思う。

耐性の窓

「耐性の窓」は、アメリカの精神科医D.J.Siegelによって提唱された概念で、個人がストレスや感情に対して適切に反応できる範囲を指す。耐性の窓といわれる領域にいることで、個人はストレスへの適切な対処や、感情のコントロールが可能となる。だが、この窓の枠外にでてしまうと、過覚醒(感覚や感情の鋭敏化)や低覚醒(感覚や感情の鈍麻)といった極端な状態に陥りやすくなる。
マインドフルネスの実践はこの耐性の窓にとどまることによって最も効果的なものとなる。
だが、自分自身をありのままに見つめるマインドフルネスの実践では、時として過去の出来事などの影響で、過覚醒や低覚醒の反応が生じてしまうこともある。

耐性の窓のイメージ

過覚醒領域感覚の鋭敏化
情動的な反応
神経過敏
イメージの侵入
認知処理の無秩序化
耐性の窓最適な覚醒領域
低覚醒領域感覚の低調
感情の鈍麻
認知処理の著しい低下
身体的活動の減少
D.A.トレリーヴェン(著)渋沢田鶴子・海老原由佳(訳)
『トラウマセンシティブ・マインドフルネス 安全で変容的な癒しのために』より

ポリヴェーガル理論

ポリヴェーガル理論とは、アメリカの神経科学者S.Porgesによって提唱された、脅威に対する非自律的反応の際に機能する自律神経系に関する理論である。
この理論では、脅威に対する自律神経系として「交感神経」「背側迷走神経系」「腹側迷走神経複合体」の3つを挙げている。
いずれも生存を有利にするために進化の過程で備わった機能である。
交感神経は目の前の事象に対し、「闘争か逃走」という反応を起こさせ、我々を危険から守る働きをする。一方で、この交感神経が脅威が去った後も活動し続けている状態になると、心的外傷ストレスに代表されるトラウマ反応となっていく。
背側迷走神経系は脅威を感じたときに「不動」や「凍結」といった反応を引き起こす。多くの肉食動物は生きた獲物を捕らえる。背側迷走神経系による「不動」反応は、仮死状態を作り出すことで、生存のチャンスを高めることに繋がる。だが、この反応も、脅威が立ち去った後にも反応が持ち越されると様々な不適応を生じさせる。
腹側迷走神経複合体は、コミュニケーションなどの「社会的関与」と深く関わっている。これは最も高度な脅威への対処法であり、我々人間が特に強みを発揮するものである。

ポリヴェーガル理論と耐性の窓

ポリヴェーガル理論は先述の耐性の窓と深く関連している。
耐性の窓にポリヴェーガル理論を組み合わせると下のようなイメージになる。

過覚醒領域感覚の鋭敏化
情動的な反応
神経過敏
イメージの侵入
認知処理の無秩序化
交感神経による
「闘争か逃走」反応
耐性の窓最適な覚醒領域腹側迷走神経による
「社会的関与」反応
低覚醒領域感覚の低調
感情の鈍麻
認知処理の著しい低下
身体的活動の減少

背側迷走神経による
「不動」反応
D.A.トレリーヴェン(著)渋沢田鶴子・海老原由佳(訳)
『トラウマセンシティブ・マインドフルネス 安全で変容的な癒しのために』より一部改編

マインドフルネスの実践は腹側迷走神経を活性化させ、脅威に対する適切な対処を促しえるものとなる。
しかし、何らかのきっかけで交感神経優位、背側迷走神経優位の状態になると、どちらの場合であってもマインドフルネスの実践は苦痛を引き起こしかねないものとなる。
交感神経が優位の過覚醒の場合は、侵入的イメージや、トラウマ的感覚、混乱した認知処理に直面する。背側迷走神経優位の低覚醒の場合には感情の鈍麻、解離、認知処理の障害を体験する可能性がある。
このことからも、耐性の窓にとどまることが、マインドフルネスの実践においていかに重要であるかが分かると思う。

発達の最近接領域

「発達の最近接領域」は、旧ソ連の教育心理学者ヴィゴツキーによって提唱された概念で、学習者が他者の助けを借りて達成できる成長の範囲を指す。この領域では、適切なサポートがあれば学習者は新しいスキルや知識を獲得することができる。
言い換えれば、自身の持っている能力よりもすこし上「頑張ればできる」の領域ともいえる。
この領域は高度なスキルとチャレンジが必要なフロー体験との関連も示唆されている(石村ら2008)。

適度なチャレンジの領域にいることで、成長ができる

発達の最近接領域は適度な覚醒を提供してくれる。
それはチャレンジとスキルのバランスが取れた状態である。
その状態は適度な覚醒が求められる耐性の窓とも関連している。
耐性の窓にとどまるとき、私たちは不快な感覚や思考、記憶を乗り越えて、成長することができる。

安全なマインドフルネス実践=耐性の窓にとどまること

ここまで見てきたように、耐性の窓にはポリヴェーガル理論や発達の最近接領域といった概念との関連が示唆される。
そして、耐性の窓は安全なマインドフルネス実践を行うための土台を提供してくれる。
マインドフルネスの実践は時としてつらい現実とも向き合うものになる。
もちろん、無理をしてはいけないが、この時に適度に覚醒を保てる状態に身を置くことで、安全にその体験と向き合い、人生の中に統合することができる。
それは私たち個人の内的な成長にも繋がっていく。

中道の大切さ

仏教用語に「中道」というものがある。
これは偏った思考や価値観を持つことへの戒めの言葉でもある。
中道を意識することで、私たちは正しく世界を認識することができ、正しい努力をすることができると仏教では伝えられている。
耐性の窓にとどまるという実践も、この中道を意識することが大切である。
耐性の窓は両側に枠があり、どちらに出ても危険に身をさらすことになる。
それは仏教絵画の二河白道図にも似ている。
マインドフルネスはもともと仏教から着想を得ているものなので、こうした仏教の教義にも馴染むことは自然なことといえる。

1日ひとつだけ強くなる

日本初のプロゲーマー梅原大吾氏の著書「1日ひとつだけ強くなる」は、梅原氏が大切にしてきた努力についての考えが綴られている。
その冒頭部分には以下のような記述がある。

昨日より今日、今日より明日、ひとつずつでいいので変わり続けること。大きな成果や成長であっても、煎じつめればそれは小さな小さなひとつの成長の集合といえます。だからひとつずつで構わない。それが自分の考える「強さ」への近道でもあり、ゲームや勝負に対する取り組み方、信条でもあるのです。

梅原大吾 1日ひとつだけ強くなる

この考えは、耐性の窓や発達の最近接領域とも繋がりがあると考えている。
耐性の窓には適度な覚醒が求められる。そして、その適度な覚醒を続けていくことで私たちは成長を続けることができる。
毎日の実践を通して少しでも成長を積み重ねていく。そうすることで私たちは気づきに溢れた実りある人生を生きることができるのだ。

※マインドフルネス瞑想実践により強いトラウマ反応や恐怖感が生じた場合は実践を中断し、専門家にご相談ください。

参考文献
D.A.トレリーヴェン(著)渋沢田鶴子・海老原由佳(訳)トラウマセンシティブ・マインドフルネス 安全で変容的な癒しのために 金剛出版
石村郁夫ほか(2008)フロー体験に関する研究の動向と今後の可能性 筑波大学心理学研究 36 85-96
梅原大吾 1日ひとつだけ強くなる KADOKAWA



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