あなたを見守っている|「目薬」はいかに企業のメンタルヘルスに役立つか

仕事について

精神的な健康には「あなたを見守っている」という視点である「目薬」が役に立つ。
それは働く人の健康を考えるうえでも非常に重要だと思っている。
本記事では精神的な「目薬」がどのように働く人のメンタルヘルスに役立つのかを解説したい。

精神的な「目薬」とは

日薬について

精神的な「目薬」を語る上では、「日薬」の存在を無視できない。そのため、はじめに「日薬」について解説をしてきたい。
何か悩みや困難があった時に、時間経過によって自然とそれが気にならなくなっていたという経験は誰もが持っているのではないだろうか。
また、心身どちらの苦しさにも「日にち薬だね」ということがあるように、時間というものが薬と同じくらいの効果があるということは我々にとっては一般的な認識かもしれない。
苦しい時期というのは人生に訪れるものである。そのようなときは、その時期をなんとか耐え忍ぶということが一番の治療となる。
このなんとか耐え忍ぶ時間が「日薬」となる。

何事もすぐには解決しません。数週間、数か月、数年、治療が続くことがあります。
しかし、何とかしているうちに何とかなるものです。これが<日薬>です。

帚木 蓬生「ネガティブ・ケイパビリティ 答えの出ない事態に耐える力」

この考えは心理士として携わるケースにも当てはまることがよくある。
日薬の力を発揮するには、支援者側が焦ることなく、どっしりと構えて相手と向き合うことが大切となる。
その存在が時が経つことで「日薬」として機能し、クライアントがそこに耐えていくと自然と苦しみが軽くなったり、気にならない存在になっている。
「日薬」の効果は絶大だ。

どんな病気も、時間的な基盤が保証されなければ、快方に向かいません。

帚木 蓬生「ネガティブ・ケイパビリティ 答えの出ない事態に耐える力」

目薬とは

それでは精神的な「目薬」とはなんだろうか。
精神科医・作家の帚木 蓬生はこう述べている。

私たち心の専門家は言葉で相手をサポートするだけではない。
対話の中での非言語コミュニケーションとしての視線を送る。さらには私たち支援者という存在は相手の心の中に存在することもできる。この内的な存在はまさしく「目薬」として、見守られているという意識を相手に与えるものなのだ。
そしてこの「目薬」が「日薬」とも合わさって、状態の改善や苦痛に耐え忍ぶ力となっていく。
「目薬」は必ずしも人間であるとは限らない。それは動物だったり、祈りの対象やお守り、ゲン担ぎといったものも「目薬」になるといえるだろう。
帚木は書籍の中で毎日の生活習慣や服薬も「目薬」になると述べている。

薬をきちんと服用することによって、毎日の生活も規則正しくなり、暴飲暴食もしなくなる
(中略)私流に言えば、これは全くの目薬です。

帚木 蓬生「ネガティブ・ケイパビリティ 答えの出ない事態に耐える力」

一見、何も意味がないようなものに見えても、本人にとって「目薬」として機能しているものであれば、それは立派な治療者になっているということである。
私はあなたを見守っている。それはとても暖かなメッセージとして相手に伝わっていく。
だが、困難な状況の中でともにいること、「目薬」を提供し続けることはとても難しい。
大切なのは「目薬」の存在と重要性を忘れず、常に相手が持っている力に目を向けていくことではないか。
それには立場にとらわれない先入観から解放された視点から、相手を見ることが大切になると私は考える。

ホーソン研究

心理学の有名な研究であるホーソン研究はこの目薬の効果を科学的に証明している。
ホーソン効果としても知られるこの理論は、今では特に意識されることもなく一般的に取り入れられている。
企業の中では表彰制度、昇進、昇級などがそれにあたるだろう。
では、ホーソン研究で明らかとなったホーソン効果は目薬とどのような関連があるのだろうか。

ホーソン効果と「目薬」

ホーソン研究は、1920年代後半から30年代にかけて、アメリカのウェスタン・エレクトリック社のホーソン工場で行われた一連の実験である。この実験は当初、労働者の生産性を向上させるための様々な要因を調査することを目的として行われた。
実験では照明の明るさ、休憩時間、作業時間、賃金体系など、様々な条件を変化させながら、労働者の生産性への影響を調べた。実験の結果は、驚くべきことに、どの条件を変えても、労働者の生産性は一様に上昇し、さらに職務満足度も向上するという結果であった。
このことから、単に物理的な労働条件を変えることと生産性や職務満足の向上とはあまり関係しないことが明らかとなり、労働者の心理的な要因がそれに大きく影響することが示唆された。
この心理的な要因を「ホーソン効果」と呼ぶ。
これは、「実験に参加している」「注目をされている」という意識や周囲からの期待感が生産性の向上に関連していることを示す。
この注目されているという意識はまさしく「目薬」であるといえるだろう。

職場メンタルヘルスに役立つ「目薬」とは

ホーソン効果でも明らかなように、従業員に対する注目や期待は生産性やメンタルヘルスの向上に有効であると考えられる。
「目薬」も同様に「あなたのことを見守っています」という暗黙のメッセージが無自覚であっても届くことにより、心身の健康を高めていく。
企業では表彰や昇進、昇級といったものが注目として分かりやすい取り組みであるが、我々心の専門家もこの「目薬」を提供できる存在になれると私は考えている。
心の専門家が提供する「目薬」の目的は、やはり心の健康に関することだ。
高い専門性を身に着けた心のプロによるサポート体制が整っているということは、そこで働く従業員の安心に繋がっていく。
それには、メンタルヘルスを担う存在として心理職が存在できること、それを目に見える形で示していくことが重要であると考える。
従業員50人未満の中小企業のストレスチェックが義務化されることになった。
ストレスチェックや相談窓口の確立、メンタルヘルス対策を計画していくことは働く人の「目薬」になる。
中小企業にとってストレスチェック導入は新たな負担になり得るかもしれないが、この「目薬」の存在で安心して働ける人が増えることは、企業にとっても大きなメリットにもなるかもしれない。

まとめと私の経験

私は総合病院で勤務時代に安全衛生委員として、従業員のメンタルヘルスケアにも関与していた。
各種委員会や研修での発信を行い、職員相談の件数は大幅に増加した。
ニーズがあった人に目薬が届いたということだろう。
心の専門家の「目薬」を求めている人は多い。その人たちにしっかりと「目薬」を届けること。
これからもそうした役目を担える存在でありたいと考えている。

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引用・参考文献
帚木 蓬生 ネガティブ・ケイパビリティ 答えの出ない事態に耐える力 朝日選書
Harvard Business School and the Hawthorne Experiments
https://www.library.hbs.edu/hc/hawthorne/intro.html


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