私が心理士として大切にしている言葉に「available」というものがある。
availableとは日本語で「利用可能」と訳される。
ここでいうavailableとは「あなたと共にいる」という精神を表す。
availableな状態は私が心理士として活動していくうえでとても大切にしているものである。
なぜ心理士にとってそれが大切なのか、そしてその精神を体現している身近なものとは。
I’m available|あなたと共にいる
availableという言葉と出会ったのは、ある書籍がきっかけだった。
その書籍とは『患者の心を誰がみるのか がん患者に寄り添い続けた精神科医・丸田俊彦の言葉(岩崎学術出版社)』である。
緩和ケアという領域で患者と共にあり続けた精神科医の丸田俊彦が、生前どのような精神で臨床を行っていたのかを、師と親交の深かった編著者がまとめたものだ。
その書籍には「available-あなたと共にいる」という章がある。
緩和ケアの領域では往々にして「患者のために何をすればいいか」という問いにぶつかる。
それは家族も医療スタッフも同じだ。
そういった状況に対して本書ではavailableの精神の大切さが説かれている。
availableの臨床的意味
家族から、患者さんのために何をしたらいいですか?
と聞かれたときに、もしかしたら、何もできないかもしれないけれど、ただ患者さんが何かを求めたときに、そこにいるということが大事ですよ、とお伝えしたいのです。患者の心を誰がみるのか がん患者に寄り添い続けた精神科医・丸田俊彦の言葉より
私たちは日々、何かの問題解決を行う。
それが自然な人間としての機能でもあるのだが、緩和ケアや精神医療の世界では、どうすることができない問題にも直面しがちである。
そこにはネガティブ・ケイパビリティに代表されるような、無力感に耐える力であったり、コンパッションのような無力な自分を受け容れる力が大切な役割を果たす。
そして、もう一つ、大切な力がこの「available」共に居続ける力である。
「居るのはつらいよ(東畑開人著)」という臨床心理学界のベストセラーのタイトルが象徴しているように、居続けるということは大変なことである。
それは私たちが日々、問題解決をしようとしてしまうからである。
居続ける力はマインドフルネスのBeingモードとも共通する。
Beingモードもそれを継続することは大変で、ふとした瞬間に私たちの意識は容易く問題解決思考(Doingモード)に戻ってしまう。
本書でもこの居続けるという状態こそが、患者にとって大切なことだと説かれている。
患者さんにとって何が一番大切かというと、それは患者さんのために、そこにいてあげるということではないでしょうか。
(中略)情緒的にavailableでありつづけてくれる人の存在は、大きいです。患者の心を誰がみるのか がん患者に寄り添い続けた精神科医・丸田俊彦の言葉より
availableと公衆電話
availableの精神を体現している存在は実は身近にある。
それは公衆電話だ。
公衆電話のデジタル表示部分にはavailableの文字がある。利用可能であることを示す表示だ。
公衆電話はいつでもスタンバイしている。
携帯電話が普及した昨今、公衆電話も数を減らしているようだが、災害にも強い公衆電話は一定数まだ残っている。
いざという時に頼りになる。影ながら私たちの日常に寄り添ってくれている存在であるといえる。
私が以前勤務していた病院にも公衆電話が設置されていた。
私はそこの前を通るたびにavailableな存在であることの大切さを確認していたのだった。
公衆電話はお金を入れて動く
私が公衆電話が好きなもう一つの理由は、それが基本的にお金を入れて使うものだからだ。
私たちのサービスは原則として有料である。
どこかで無料のカウンセリングを提供していても、その背景には行政などからの資金協力があることがほとんどだ。
それは仕事として、心理士が生きていくうえで必要なことでもあるのだが、この代金の対価として、私たちは質の高い専門的なサービスを提供している。
公衆電話も緊急時の通報は無料だが、それ以外は原則としてお金が必要である。
そして、入れた金額によって通話時間が決まる。それはカウンセリングの枠組みや構造と共通するものといえる。
この徹底ぶりは私たちのロールモデルにもなってくれるのではないだろうか。
心理士は公衆電話から多くのことを学ぶことができる。
availableと私の体験
私も緩和ケアの領域で勤務していたことがある。
その時の無力感はとても大きなものだった。もちろんそういう領域であるということは覚悟の上だったが、それでもその想像を超える体験を現場でしていた。
そんな時に私はavailableという言葉と出会い、その大切さを実感することとなった。
悩める人といつも共にいる。求められれば応じる。それこそが私のできる一番大きな仕事であると教えてくれた。
緩和ケアで介入していた患者さんには、できるだけ連日の介入を行った。
何か言いたいことがあれば伝えてほしい。話したくなければそれでいい。
そういう姿勢で伺うと、時折「誰にも言えなかったんだけどね」と、話をしてくれる患者さんもいた。人生を回想してくれた患者さんもいた。
そうした関わりは今でも、私にとってかけがえのない宝物となっている。
available|ご利用できます
スケジュールが一杯でも、決して忙しそうにしないこと。
私がavailableの姿勢を保つために実践していることでもある。
忙しくても、どこかに空きスペースを作っておく。
そうすることで、新しいニーズに対応できる。必要な人に必要な支援を届けることができる。
手は両手に物を持っている状態では使うことはできない。そうした状態の時には持っているものを手放すことで新たに手を使うことができる。
availableであることを示し続けると、色々な依頼がやってくる。それに応えていくと忙しくなるのだが、それでもどこかに利用可能なスペースは残しておく。
availableの姿勢は、そうした余裕がないと維持することはできない。
そして、この余裕こそが悩める人と共にいるためには大切であると私は感じている。
あなたの心の隣人に
私はavailableの精神を大切に日々心理士として活動している。
それは、私が実践の中でたどり着いたひとつの答えでもあった。
ただそこにあり続ける公衆電話のように。私も日常に存在できる心理士になりたいと思っている。
本記事の最後は、書籍の言葉で締めくくりたいと思う。
相手がいてほしいときに、そこにいてあげることが、available。
これが一番うれしい。押し付けではなく、相手がその気持ちになっているときに、やって上がられる、その関係をもてるような、そんな友人なり隣人の関係になれればと思います。患者の心を誰がみるのか がん患者に寄り添い続けた精神科医・丸田俊彦の言葉より
引用・参考文献
岡山慶子・中村清吾・森さち子(編著)患者の心を誰がみるのか がん患者に寄り添い続けた精神科医・丸田俊彦の言葉 岩崎学術出版社
AWAKE ALIVEもこのavailableの精神を大切に、あなたの心に寄り添っていきます。
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