心を癒すのはいつでも安全な場所である。
そこはどのような場所なのだろうか。
安全な場所の条件を考えることは、ケアと癒しの共通の土台についての理解を育んでくれる。
安全な場所の条件
生命の危険がない場所
災害時の心理支援のワールドスタンダードであるサイコロジカル・ファーストエイド(PFA)では、被災者にケアを行う際にまず必要となるものは、生命が脅かされることがない場所や環境の提供であるとされる。
心のケアもこの土台を無視することはできない。
生活をするために必要な衣食住。迫りくる脅威から確実に身を守ることができる環境。
まずは命の危険にさらされない安全な場所を整える、それは心の癒しにとって必要不可欠なものである。
存在を肯定されている
安全できる場所の条件について、馬を用いた介入により得られた知見がそれを考える上でのヒントを与えてくれる。
Seerup & Anderson(2024)の研究では、馬を用いた介入を受けた被験者にインタビュー調査を行い、癒しがもたらされた要素をまとめている。
その中に、安全な場所の条件として次のような言及がされていた(翻訳は筆者によるもの)。
何人かの被験者は、必ずしも何か自分のことを語る必要はなく、何かを話す必要もなく、話さなくても何かを行っているということを分かってくれる場所があるということが、安全な環境であると報告をしました。
上の文章からも、安全な場所とは、何かを喋る必要もなく、また喋らなくてもその存在を肯定してくれる場所であることが分かる。
こうした、存在を肯定してくれる場所で、自身の行動の促進と自己理解の深まり、関係性の深まり(ここでは人間以外の動物も含まれる)が体験されることにより、癒しがもたらされるといえる。
こうした安全な場所は、現代に生きる私たちが求めてやまないものではないだろうか。
安全を感じられる場所では、私たちは存在自体を肯定されている。
そこでは何かの期待に応える必要もなければ、何か大きな目標を掲げる必要もない。
存在自体が肯定される体験、それは大きな癒しを与えてくれる。
何かを話す必要はない
一時期、災害を含めたトラウマ体験やそれに伴うPTSDへの対処として、デブリーフィングが推奨された時代があった。
デブリーフィングとは、トラウマティックな事象が生じてから、なるべく速やかに、その被害を受けた、または実際に目にした当事者が集まり、専門家を交えて体験についての振り返りを行うものである。
このデブリーフィングは、当事者の精神的苦痛を増すことや、精神疾患の治癒率の改善に寄与しないことが分かり、現在では推奨されていない。
トラウマティックな出来事に対する心のケアでも、必ずしもすぐに何かを語る(語らせる)必要はない。
話をするのは、安全が確保されて、話す準備ができたときで十分だ。
人とのつながりが心を癒すとき
だが、心の傷は人とのつながりによって癒されることがあることも事実だ。
では、どのようなときに、人とのつながりが心を癒すのだろうか。
心の傷にまつわる話題は、安全な環境で安全な相手にだけ、少しずつ語られるのである。
安克昌 心の傷を癒すということ
まずは安全な場所があることが大前提である。
そして、安全な相手というのも条件となる。多くは身近にいる人になるであろう。
さらに時間的要素もある。出来事をどのように解釈するか、それには個人差がある。個人個人で出来事の体験の仕方も違う。思いも違う。それを、それぞれが言葉にして話すことも、それぞれの時間が必要である。
安全な場所で安全な相手が寄り添いながら時間をかける。それによって心の傷は癒される。
価値判断から離れた場所
安全できる場所は価値判断からも離れている。
マインドフルネスの基本姿勢である、「今この瞬間に価値判断なく注意を向ける」
それは、私たちに価値判断から離れた安全な場所への気づきをもたらしてくれるものとなる。
呼吸や身体感覚などの今の自分の感覚にいつでもアクセスできるようにしておくことは、どんなストレスや感情の波にも流されない、安全で安心できる場所を自分の中に確保することにつながる。
まとめ
私たちの心の傷は様々な事態で生じる。
つらい体験がもとになることもあれば、自分の思考によって自分を苦しめることもある。
そのどちらの苦しみのケアにも、安全な場所という土台が必要不可欠となる。
安心して居てもいいという感覚。存在が受け入れられていると感じられる体験。
価値判断からも離れた安全な場所で時を過ごすこと。
それが傷を癒すことに繋がる。
引用・参考文献
安克昌 心の傷を癒すということ 角川ソフィア文庫
兵庫県こころのケアセンター サイコロジカル・ファーストエイド実施の手引き(第2版)
Seerup, W., & Anderson, J. (2024). The Potential for Healing: Evaluating the Impact of Equine-Assisted Services. Journal of Social Service Research, 51(1), 230–262.