この記事の要約
・スマホの不適切使用問題:若手騎手がスマホを使用したことにより処分を受ける事例が2024年に多発。騎手免許取り消しなど厳しい処分も行われた。
・騎手という職業の過酷さ:騎手は命がけでサラブレッドに乗り、時速60キロ以上でレースをする。事故のリスクが常に伴い、勝負の世界で結果を残さなければ騎乗依頼が減るなど、非常に厳しいプレッシャーがある。
・調整ルームの孤独と負荷:レース前日にジョッキーは調整ルームに入り、外部との通信を完全に遮断される。命がけのレースに臨む前に家族や友人と連絡が取れない孤独は、若手騎手にとって大きな精神的負担になり得る。
・スマホ持ち込みの背景:若手騎手がスマホを使用してしまうのは、調整ルーム内での強いストレスが原因であると考える。
・ストレス対処の重要性:特に10代、20代の若手騎手にとって、ストレス対処法を身に着けることが重要である。
・競馬産業の将来と願い:競馬業界がより健全なものになることを願い、若手騎手にストレス管理の技術(マインドフルネス瞑想など)を取り入れることが望まれる。心理的サポートが充実すれば、不祥事の減少につながる可能性がある。
若手騎手の不祥事に揺れた2024年
今年の競馬界は若手騎手に関する残念なニュースが立て続けに起こった。
記憶に鮮明なのは藤岡康太騎手の殉職。
技術だけでなく人柄も一流だったジョッキーがレース中の事故でこの世を去ったことは、過去に競馬業界に勤務していた私としても非常にショックな出来事だった。
2023年のマイルCS。藤岡康太騎手は負傷した世界的名手R.ムーアからレース当日に乗り替わりとなり、ナミュールに騎乗。その代打騎乗となったレースで見事優勝を果たしたのだ。
これが藤岡康太騎手の最後のG1勝利になるとは、このとき誰も想像しなかっただろう。
劇的な勝利から1年後、マイルCSが行われる週にそのニュースは飛び込んだ。
ジョッキーのスマホ不適切使用
スマホの不適切使用で処分中のジョッキーの騎手免許取り消しが発表された。
休養中に禁止されている予想行為を行ったことが大きな原因となったようだ。
スマホの不適切使用。それに揺れた2024年の競馬界だった。
スマホの使用で騎手人生が絶たれたのは今回のジョッキーだけではない。
一大ブームを巻き起こした女性ジョッキーもスマホの不適切使用で今年ターフを去った。
他にも、とある若手騎手がスマホのケースのみを通信機器として預けていたという、前代未聞の不祥事も今年発覚している。
スマホの不適切使用で処分を受けるのは、ほとんどが10代20代の若手騎手である。
スマホが生活習慣に溶け込んでいる若年世代特有の問題でもあるのかもしれない。
繰り返される不祥事を終わらせるには、ただ「スマホの使用に注意しましょう」で済まされる問題ではないと私は考えている。
この問題を理解するには、若手騎手、さらには騎手全員がどのような状況でレースに臨んでいるかを知る必要がある。
騎手という仕事
はじめに断っておくが、私は元騎手ではない。
一乗り役として競走馬に乗ったことがあるだけだ。だが、競馬業界は多少のことは知っている立場としてこの記事を書いている。
騎手は命がけ
中央競馬だけでなく地方競馬も合わせれば毎日競馬は行われている。
そのレースを見てもらえれば分かると思うが、騎手という仕事は命がけだ。
時速60キロ以上で駆け抜ける馬に跨り、馬群の中に入る、そしてラストスパートをかける。
レースを走るサラブレッドの脚は繊細でレース中に転倒があれば大事故にも繋がりかねない。
過去にレース中の事故で亡くなったジョッキーも複数いることからも、競馬騎手という仕事の過酷さが伝わるだろう。
最近ではJRAがジョッキーカメラというものをYoutubeで配信している。レースに騎乗するジョッキーの臨場感を味わえる動画であるので、見たことが無い方はぜひそれを見て、ジョッキーの体感している世界を味わってみてほしい。
勝負の世界
競馬は勝負の世界である。レースで勝てるのは一人のみ。その状況の中で、結果を残せるものとそうでないものがはっきりと分かれる。
基本的に有力馬に騎乗ができるのは結果を残している騎手だ。トップジョッキーになると1日に何頭も有力馬に騎乗できることから1日で複数の勝利を得ることもよくみられる。一方で結果を残せていない騎手は騎乗依頼が減っていく。たとえ騎乗依頼が入ったとしても、勝てる可能性の低い馬ばかりがまわってくるという状況になる。
こうして、勝利数というもので騎手の順位は決められていき、トップジョッキーにはより有力な馬が集まりやすく、順位が下のジョッキーは勝ち星を得ることすら叶わないという状況が生まれる。
トップジョッキーは年間100勝以上をあげる一方で、様々な事情があるが、年間の勝利数が0という騎手がいることも事実だ。
そうした勝負の世界では「結果を残さなければいけない」というプレッシャーが存在する。
観客の存在
勝負をするのは観客も同じだ。公営ギャンブルである競馬は客が馬券を買うことで成り立っている。
人生を注ぐほどの大金をつぎ込むことは褒められることではないが、軽くたしなむ程度の賭けであればそれは社会的にも許容され、実際競馬ファンは近年増加、馬券の売り上げも同様に増加している傾向にある。
馬券が購入されることでオッズがつく。そのオッズに従い「人気」というものが表示される。
「〇番人気」とそれぞれの馬の人気が表され、一番多くの人が買っている馬は「1番人気」と呼ばれる。
その人気の重圧というものも存在する。上位人気で結果を残さなければ、関係者の落胆だけでなく観客からもヤジやバッシングの対象となり得る。
観客の存在は力になることももちろんあると思うが、命がけの仕事をしながらも、結果を残せないと否定的な言葉を集める対象となってしまう。それが騎手という仕事だ。
調整ルーム
そして、今回問題となったのが調整ルームである。
ジョッキーは公正性の確保(八百長などの防止)のためにレース前日から社会との接点を断った空間、「調整ルーム」に入る。
ここではたとえ家族であっても外部との通信は一切遮断される。
命がけの仕事をしながら、明日レースで死ぬ可能性も0ではない中で家族や友人と連絡が取れなくなるという状況は、想像するだけでも精神的な負荷が高いことが分かると思う。
この空間での過ごし方は人それぞれらしい。通信機能が無ければ電子機器を持ち込んでも良いようで、通信機能のない旧式の携帯ゲーム機を持ち込むジョッキーがいるということも聞いたことがある。
今回問題となった若手騎手たちは、この調整ルームでスマホを使用したことでそれぞれ処分を受けることになった。
スマホを持ち込んでしまう理由
ではいったいなぜ、彼らは禁止されているスマホの持ち込みをしてしまうのだろうか。
その背景には騎手という仕事のストレスと、ストレス対処に関する問題があると私は考えている。
騎手という仕事のストレス
先にも概観したように騎手という仕事は非常にストレスフルだ。
命がけの仕事であり、結果を残すという重圧を背負う。さらにレース前日からの社会との交流の断絶というものは、とうてい想像できないほどの精神的な負荷を騎手たちに与えている。
ベテランの騎手であれば、そのストレスはある程度慣れてくるかもしれない。
だが、10代、20代の若手騎手はどうだろうか。
ほとんどの騎手は中学卒業後に競馬学校に入学し騎手となる。
競馬学校での厳しい訓練があるとはいえ、ほとんどの騎手が中卒で社会に出る。
社会経験の乏しい若手がこれほどのストレスを感じながら仕事をする。
それは騎手という仕事ならではといえるだろう。
以前のスマホ不祥事では、調整ルーム内で過去のレース動画を見て事前にレースプランを練っていたという事例があった。これも勝利への重圧が影響したものであるといえるだろう。
ルールをも無視してしまうほど強い重圧を背負う。それを若者が背負っている。
騎手という仕事を選んだ以上避けられないものではあるが、その重圧やストレスをどのように対処していくかが大切なのではないかと私は考えている。
ストレス対処
10代、20代の彼らがいかにストレスに立ち向かうのかというのは騎手に限らず今の日本では重要な課題である。
そして、騎手というストレスの強い職業に就いている若者は、いったいどのようなストレス対処をおこなうのだろうか。
レースの無い日も彼らは調教に跨り、営業をし、トレーニングをするなど研鑽を怠らない。
オフの日には羽を伸ばすことはあるにせよ、それは束の間の休息でまたレースへと臨む。
そして待っているのは調整ルームである。ここは社会との交流が絶たれた空間。
次の日には様々な重圧がかかった命がけのレースがある。
10代20代の若者にとって、この空間自体がとてもストレスであることは想像に難くない。
この無味乾燥な空間でどのように過ごすのか。どのようにこの空間の中で様々な重圧に対処するのかを若手のうちは身に着けられないこともあるのかもしれない。
スマホの不適切使用という問題を考えるときには、この調整ルームでのストレス対処という課題を無視できないのではないか。私はそう考えている。
若手騎手の不祥事に思うこと
騎手という仕事がいかにストレスが強い職業であるか伝わったと思う。
今年はスマホの不適切使用とは別に、心が痛む若手騎手の不祥事もあった。
その不祥事では、対象の騎手は明らかに通常の精神状態ではないことが分かり、ここでもやはり騎手という仕事の精神的な負荷の高さというものを私は感じていたのだった。
ただ、私は競馬も好きだし、やはり競馬場でレースに乗り輝く騎手たちはかっこいいとも思う。
競馬産業もまだまだ続いてほしいと思うからこそ、同じような不祥事が繰り返されないためにも、私はストレスを強く感じるであろう若手騎手たちに、ストレス対処の方法を身に着けてほしいと願っている。そして、これは今の日本の若者に対する願いでもある。
もしも、彼ら彼女らがストレス対処の方法を身に着けていれば。
マインドフルネス瞑想の習慣を持っていたなら。
騎手としての人生は大きく変わっていたのではないかと思う。
現役の競走馬に乗っていた日本ではおそらく唯一の心理士として、私自身も競馬業界がより健全な形になることを祈りたい。
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